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梅干の歴史

花黄(回転) 私たち日本人の食生活に古くからかかわってきた梅干し。 花黄(回転) 
ここでは、そんな梅干しの歴史をご紹介します。
紫蘇梅干をご飯にのせて

梅干の歴史

桜奈良時代

 


奈良時代では、梅は菓子(当時は果物を指す)として貴族たちに、桃やビワと同じように生で食べられていたそうです。

 

1奈良時代
桜平安時代
2平安時代

 

これは有名なお話で、村上天皇が疫病にかかったとき、梅で病気を治したという言い伝えがあります。その梅が申年に漬けたものだったため、『申年の梅』と言われ、申年に漬けた梅は貴重なものとされています。また、『医心方』の著者、丹波康頼(たんばのやすより)が梅の効用についても書かれており当時の方々はすでに梅の力を知っていたようですね。

桜鎌倉時代

 

鎌倉時代からは、お寺の僧侶たちの茶菓子として梅干しを用いたとの事です。    

桜戦国時代

 

戦国時代では、武士たちは戦場に必ず「梅干丸(うめぼしがん)」を持っていったそうです。
保存食としてはもちろん、梅干しで激しい戦闘での息切れを調えたり、生水を飲んだ時の殺菌用にしたりと用途は色々あったそうです。
また、傷の消毒や、伝染病の予防、さらには喉が渇くと梅干しを眺め、すっぱさを思い出して口にたまるツバで喉の渇きを癒したというお話もあります。

4戦国時代
桜江戸時代
5江戸時代

 

江戸時代になると、庶民にも梅干しを食べる習慣ができました。
その中でも紀州の梅干しは「田辺印(たなべじるし)」として大人気になり、田辺・南部周辺の梅が樽詰めされ
江戸に向け、多くの梅干しを出荷したとされています。それほどまでに人々に愛されていたようです。
この頃から、節分や大晦日の夜に熱いお茶に梅干しをいれて飲むという「福茶」や
正月には黒豆と梅干しのおせち料理「くいづみ」ができたそうです。



桜明治時代

 

明治10年頃、コレラや赤痢が大流行し、多くの人が亡くなられました。
この時、梅干しはコレラや赤痢の感染予防・治療に役立つと、貴重な食べ物となりました。
また日清戦争の頃、軍医が、伝染病にかかった兵士に梅肉エキスを与えて治したというお話もあります。

6明治時代


今も昔も変わらず、私たちの生活になくてはならないものとして

現在も多くの方々に愛されています。




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